武士心得 |
武士には、何時何処で何が起こっても、夫れに対処する為の、「武士としての心得」が無くては遅れを取る。
其の具体例を挙げて、対処法を説いているのが、「武士心得之事」(文政七年)なる書である。 |
@、侍切合居候刻分ヶ様之事
どんな場所でも、抜き合わしているところに行き逢ったならば、早速様子を見届け、双方偕に疵を受けていない時は、刀を鞘ごと抜いて分けて入るものである。もし一方が疵を受けていたならば、其の場所に控えていて、勝負をつけさせるべきである。 A、和睦盃之事 B、喧嘩扱心得之事 扱いに入るには、先ず自分の死を覚悟する。もしこの扱いが成就しなかったならば切腹すると、心に決めなければ、扱いに入るものではない。 C、助太刀打様之事 これは侍として、頼まれた以上、どうしてもひけない場である。助太刀とは先ず相手を働かすものである。頼まれた方が相手よりも弱いと見たときにこそ助太刀が必要となるのであるから、それ以前にむざと抜き合わすものではない。ただ言葉をかけるだけでよい。頼まれた方が勝ち、「助太刀の人早く退き候え」といわれたならば、早く退いた方がよい。卑怯かと思って退かないのは悪い。其の理由は、先方は一人で、こちらは二人であり、そのような場で死んでは大きな損だからである。助太刀も抜き合わせては、相手になることになってしまい、それで死んでしまっては、頼まれた人のために少しもならない。このところをよく考えるべきである。 D、留メ指様之事 (須保孫右衛門角長・注) E、隠シ留メ差様之事 討ち放しては留メのいらないものであるが、あと少しも騒がずというところを知らせるため、あるいは、留メをせずに(生死を見極めないで)などと人からいわれないために、相手の下褄を切り裂いて置くか、刀を拭った紙を相手の袖の内に入れて置くとよい。これを隠シ留メという。 F、人を切たる刀ゆかみ直し様之事 これは、目釘穴に糸を通し、井戸に一夜つるして置くとよい。座敷では大きな桶に水を入れ、水より一寸ほど上にさかさまにつるすとよい。また死人の腹で叩き直すのもよい。 G、人を切たる刀見様之事 H、人を切たる刀不知仕様之事 馬糞でぬぐうのがよい。早稲藁 I、切腹法式之事 (須保孫右衛門角長・注) J、介錯被頼心得之事 傍輩が切腹を仰せ付けられると、心易いからといって介錯を頼まれることがあるが、決して引き受けてはいけない。もし、どうしても介錯しなければならないときには、本人の刀で介錯するものである。本人には合口(匕首)か小脇差を渡す。本人が喧嘩などで本望を遂げて切腹するようなときは、介錯人は刀を戴き、本望を遂げなかったときは戴かないで介錯する。 K、介錯仕様之事 L、副使心得之事 M、検使心得之事 N、客に行亭主勝手ニ而家来を切時出合之事 このときは、取り支 O、向ヨリ手負追掛来り頼時言葉遣之事 道で手負いを追いかけて来た者に、『その者を御頼み申す』と声をかけられても、請けあってはいけない。主人の使に参る途中だからなどといって構わぬがよい。江戸などのように広いところではなおさらのことである。それは、その手負を斬り倒したときに、頼んだ者が脇に道をそれてしまったならば、頼まれた者一人の落度になるからである。 P、手負血留[薬]附様之事 Q、手負当座療治之事 (須保孫右衛門角長・注) R、番所へ走込来ル時心得之事 これは昔と今とでは異なるから一様にはいえない。昔は武士の走り込みがあれば、どんなことでも引渡しの要求には応じなかった。今はそうしたことはなく、走り込みも多くは物盗りに来るのが多いから一様にはいえない。江戸でそういうことがあったならば、自分の長屋に連れてくるのがよい。そうして置けば、不調法があっても、自分の不調法だけで済み、主人には迷惑がかからないからである。 S、走込隠シ様之事 これは昔から天井や縁の下に隠すから、すぐ探し出されてしまうのである。だから、尋ねる人が来たときの挨拶に、畳まで残らず上げて置いたから、御吟味なさるようにといい、畳を積み重ねて、中央に六、七枚ほどの空き間をこしらえてその中に隠し、上からまた畳を積んでしまうがよい。 (須保孫右衛門角長・注) またの名を「駆け込み者」。 と言うと意味を狭義に解釈してしまいそうなので、もっと言えば、A藩の領地内で何かやらかしたA藩士@が、同じ家中の藩士Aの家に迯げ込んでも「駆け込み者」になろうが、是では他藩の屋敷へ迯げ込んだ場合と違い、「治外法権的に匿って貰える」訳では無い。 駆け込み者があった場合、駆け込みされた側は断固として当該人物を匿うのが一般的とされる。(江戸期にはそうであったフシが有る。) 21、追掛もの討来ルニ働たるものか自害之ものか見分様之事 (須保孫右衛門角長・注) 22、手負居ル所ヘ寄様之事 23、手負川ヘ伏たる時寄様之事 24、水死人見分様の事 (須保孫右衛門角長・注) 「国書総目録」には、マニュアルの種類も検使階梯、検使口伝、検使御定法、検使弁疑等、四十種ほど見つかるという。目録に掲載されなかった分もあろうから、其の総数はかなりなものになろう。 24項は「水死人の見分け様」であるが、似た状況として、マニュアルの中の一つ「無冤録述」に、井戸に落ちた者に就いての記述が有るので、そいつを引用してみよう。 「井戸へ落死したる者、其死人が我と我が身を投じたれば、足が下になつて居るべし。首が下になつてあるなれば、人に追こまれたか又は推しこまれたかなり。」 25、首縛もの見分ケ様之事 26、火死見分様之事 (須保孫右衛門角長・注) 「人の家の焼る時に、あはてゝ焼死した屍は、焼落ちた瓦などの下に在はづなり。もし又何ぞ讐 27、刀心覚之事 多くの刀を同じ場所に置いてあると、急なときに、人のと紛れて困るが、そういうときのために、鞘などに何か印をつけて置くのがよい。今用いられている「さくり」(刳食 28、人大勢ニ而取付たる時刀脇差心得之事 29、手負之方へ行見廻(舞)挨拶之事 30、喧嘩又ハ人ヲ切たると見聞分ニ行心得之事 夜中に喧嘩があったり、人を斬ったと聞いたりして見聞に行くときには、早く行ってはいけない。走って行くなどはもってのほかである。独りで行くと、あとで詮議のとき呼び出されるから、隣家の誰かを誘って、二人で行くのがよい。太閤様の歌に、 「喧嘩ある其場へ早く行く時は とある。 31、多勢に取り籠られたる時心得之事 取り籠もられたときは、ただ手を放して笑うのがよい。次のような話がある。旗本の長谷十郎左衛門の三男が御咎を受けて江戸を逃れ、佐渡に逃げて行くのを、町奉行所の与力牧野安右衛門という者が追手を仰せ付けられた。追われる方は、その土地の者を語らって、島のようなところの社 32、馬上ニ而追掛もの心得之事 33、歩行ニ而追掛討取る事 34、士放討被仰付時心得之事 放討 35、寝間ニ刀脇指持鎗置様之事 (須保孫右衛門角長・注) 左半身を下にするのは、心臓を上にせず、一刀の元に心臓に敵刃が達しない様にとの配慮であったか、或いは利き手の自由云々を気にしての事であったか・・。 36、敵をねらふ心得之事 主人や親の敵を狙うのに、飛道具ででも討った方が名誉である。 37、敵を持たるもの心得之事 敵と狙われたものは、随分と(←段々原文其の儘臭く成ってるし。「随分と・・は、現代語では何に相当するか・・・を考えるのがめんどくさかったのか?)討たれぬようにするのが名誉である。どんなことをしても逃げるのがよい。少しも卑怯なことではない。我を立てて、逃げないでいるなどはとんでもないことで、逃げて逃げて、返り討ちにすることこそ大手柄である。 38、不知道退事 39、無鍋所ニ而湯拵様之事 (須保孫右衛門角長・注) 40、火事火元見役人心得之事 41、早使長旅心得之事 42、塀乗様之事 43、寒中当座薬之事 (須保孫右衛門角長・注) 44、無鍋時食拵様之事 (須保孫右衛門角長・注) 45、潮ニ而食拵様之事 46、道中ニ而鎗の鞘留様之事 47、上り坂供心得之事 これは今ではあまり用はないが、心得があれば、これにこしたことはない。上り坂では主人の先に立つがよい。何か不意のことが起こったときには、主君の方には下り坂となるから、素早く近づくことができるからである。 48、下り坂心得之事 49、川供心得之事 50、雪中道路心得之事 51、大勢早弁当拵様之事 52、急に懸着たるもの不倒事 53、旅宿用心目付所之事 旅宿に着いて、先ず、湯殿などに行く通路、裏道より来る口、戸の締まりなどに心を用いることが大事である。床の掛物のかかっている下に、昔は切抜きがあったことがある。掛物の裏や天井を見、こたつの炭びつが抜けるかどうかも注意した方がよい。寝るときは寝床をしきかえて臥せるがよい。何か部屋のつくりに不審があったなら、亭主を呼び、そこを見せて、こういうところから盗人が入るということを聞いているが、そうしたことはなかったかと尋ねるがよい。たとい盗人がその家に潜んでいても、それを耳にして、忍び寄らなくなる。 54、旅ニ而我宿不忘心得之事 55、害虫ニ刺れたる時当座療治之事 (須保孫右衛門角長・注) 「蚊」・・・予防策であるが、湿地から離れた場所に居る事。蚊帳を使う事。顔に泥を塗って寝る事。夜間は出来るだけ多くの服を着、パンツの裾はソックスの中に入れ(おいおい)、手袋を着用する事。防虫剤を塗る。抗マラリア剤を指示書通りに使用(おいおい)。 「ダニ・シラミ」・・・若し刺されたら、傷口を引っ掻いてはならない。傷口にダニやシラミの排泄物を撒き散らす事に成り、伝染病に感染する虞が有る。 「サソリ(おいおい)」・・・服を着たりブーツを穿く時は、一度振ってから着用。若し刺されたら冷湿布をするか、泥を塗る。熱帯地方では、ココナッツの果肉を患部に当てると良い。 「蜂」・・・刺されたら血清を打つより無し。若し攻撃されたら、深い藪や下生えの中に潜り込む。小枝が後ろに撥ねて、蜂を撃退して呉れる。 「ヒル」・・・咬まれても無理矢理引き剥がしてはならない。皮膚内部に牙が残ってしまう。火の付いた煙草、マッチ、焼けたナイフ、濡れた煙草をヒルの背中にあてると自分から反ってしまう。防虫剤をかけても良い。 「蛇」・・・咬まれたら、傷口を心臓より下に持って来る。 56、追手ニ行不逢帰る心得之事 大事の追手には何人もが出かけるが、遠くに行った者が捕えることができず、かえって、近くで捕えることがある。そうしたとき、其方はどこを尋ねて行ったのかと聞かれ、それよりも近くで捕えたではないか、本当にそこまで行ったのかと詮鑿されることがある。そのために、自分の行った先に何か目印をつけて帰るようにするといい。駿府城で家康公が火事にあったとき、小姓の者が御座之間に立ちもどったことがあったが、手水鉢に石を入れて置いて、たしかに御座之間まで行ったことの証拠にしたという。 57、早着籠之事 着籠 58、取籠もの二階ニ居ル時心得之事 59、侍・下郎に不寄取籠もの心得之事 取籠の者が侍であったなら、急に入るのがよい。時がたつと何かと工夫をこらすから、捕らえにくくなる。下郎の場合は遅いほどよい。遅ければ遅いほど、命だけはを助けたい(原文ママ)と臆するものだからである。 60、同捕ニ行時言葉相違之事 捕えに行って、相手が出てきたならば、知らぬ顔して、今取り逃がした者を追いかけて来ましたが、もしやこちらに駈け込みはしませんでしたかと、ほかのことのように尋ねるがよい。また捕者 61、同捕ニ大勢行時心得之事 62、暗き所ニ取籠たるもの知ル法 これは、とうがらしをふすべたり、こしょう玉を投げたりして知る事が出来る。 63、夜に遠方之火四方へ行を知ル事 64、不番入繩之事 人を縛ったとき、縄のあまりを足の指にくくりつけておくか、畳をかえして、裏についている取手にくくりつけて置くとよい。これを『番いらず』という。 65、風雨之時提灯心得之事 66、忍有明置様之事 これは旅宿などで用心をして、自分の寝姿を見られないための『忍び有明』で、油の容器ほどに紙を切って中に穴をあける。それに燈芯を通して火をつけて、上から蓋をするのである。明りがほしいときにはその蓋をとる。こうして蓋をしてしまっても火は消えないものである。 67、「夜中暗き所ニ籠居るを知ル事」 68、我と心安きものを人中ニ而他人強く謗りたる時挨拶之事 自分と昵懇の者を、人中で誰かがあれは腰抜けだなどと強くそしったとき、黙ってばかりもいられない。そのようなときは、悪口をいっている人に向かい、さて、其元のそしっておられる何某も、ちょうど今の貴殿の御物語りの通りに、強く自分をそしっていますと、両方ともに卑怯にならないように挨拶する。そうすれば、その者も気がついて、話を止めるものである。自分も無口でいなくともよいから、このようにしたがよい。 (須保孫右衛門角長・注) 69、盗賊来る時出合心得之事 盗人が近づくのを知ったならば、知らぬふりをしており、自分の家ならば、ここから入って、ここから出るだろうと見当をつけ、出合いのときに、逃げ道の方に出向かっているようにする。そして、何か盗らせてから捕えるようにすべきである。盗人の手がふさがっているから、捕えるのに何の手間もいらない。また盗人の方も、ここから逃げますというように、わざと目印のようなものをつけて置き、そちらの方に追いかけさせて、自分は別の方から逃げる方法も考えているから、用心しなくてはならない。 70、夜ニ入囚人連行刻提灯心得之事 両方から固め、中に囚人をならばせ、提灯はうしろからついてこさせるようにする。もし囚人が駈け抜けたとき、提灯を先に持たせてあったのでは、そこを走り抜けられると、もう見えなくなるものだからである。また、昼夜ともに、堀や崖のようなところで小便をさせない心得がいる。繩尻を持った者ごと落ちる心配があるからである。囚人は死ぬことを恐れずに逃げようとするから、よくよく心得なければならない。 (須保孫右衛門角長・注) 71、夜人を知る言葉遣之事 72、舟乗出したる時呼戻し候刻心得之事 渡し舟などが岸をはなれてから急用だからその舟をかえせなどと岸で呼ぶ侍がいても、船頭というものは聞こえないふりをしているものである。そういう舟に乗り合わせたならば、船頭に早く舟をやれといって、向こう岸に舟を早くつけさせ、自分はそこで待っている。そして次の舟で渡って来た侍に声をかけ、其許は先刻舟をかえせと船頭に仰せ聞けられたが、一旦出てしまった舟はどうしようもないので、そのままこちらに渡ってしまいました。お互いに主人用のこととて、先を急ぎますが、私はここで待って居りました。どうぞお先に御越し下さいと挨拶すれば、その侍は大いに感激するものである。この辺の心得も大事である。 (須保孫右衛門角長・注) そもそも、「その侍は大いに感激するものである。」という前提で動くのが計算高くていやだ。 73、小柄こうかい遣様之事 戦場ニ而遣様 口伝 隠シ留 74、小柄遣様之事 貴人の御前に出るときは、次の間で脇指をとって、無刀でその部屋に入るものである。そのとき、小柄を紙でくるんで懐中するとよい。これは懐剣の代りになるからである。 75、こうかいの遣様之事 |