昔話に出て来る鬼婆。 ぱっと思い付くのは、山で迷って一軒の家を見付け、一夜の宿を頼んだら、一人暮らしの老婆が快く承知して呉れた。 扨、夜中になって主人公が目を覚ますと、隣の部屋から妙な音がする。ハテ何事かとソッと覗き見ると、口が耳迄裂け、白髪をざんばらにした昼間の老婆が包丁を研いでいた。といったエピソードか。 こうした話では、主人公が此の後猛ダッシュで迯げ出す等消極策を採るケースが多い様だが、攻撃は最大の防御。何とか積極的に攻撃をして状況を打開出来ないものか。 其の為には先ず鬼婆の運動能力を知っておく必要があろう。 以下に昔話からのエピソードを抜粋して、其の運動能力を見てみよう。 (とは言え数学が苦手な私には、kw/hだとかJ(ジュール)だとかいった単位を持ち出して、数字で検証するのは無理だが。)
@、「三枚の御札」に出て来る鬼婆 山中で小僧が一夜の宿を求めると、人の良さそうな婆あが快く應じる。 其の晩、眠っていた小僧が目を覚ますと、隣室から刃物を研ぐ音が。 恠しんで隣室を覗くと、其処には白髪をざんばら(山形弁では「ザンギリ」と言うらしいが、どうも文明開化の音がしそうである)に乱し、口の耳迄裂けた鬼婆が出刃包丁を研いでいる。 これはヤバイと思った小僧は、 「ちょっと便所さ行ぐなだ〜」 と便所に入り、小窓からだろうか、脱出に成功する。 小僧を追い駆ける鬼婆。小僧は師匠に貰った御札を、迯げ乍ら後方の鬼婆に向かって投げる。 一枚目の御札は大河(幅500mと仮定)になるが、鬼婆はこれを泳ぎきって猶、全力で迯げる小僧に追い付かんとする。 二枚目の御札は巨大な砂山(45度の傾斜で全高20mと仮定)となる。登るに登れないが、これを越えて又もや小僧に追い付かんとする。 三枚目の御札は火の海(1000℃で幅500mと仮定)を生じる。遉がに鬼婆も火には敵わず焼死する。 話のヴァージョンに依っては、御札は三枚とも効かなかったが、小僧は何とか寺へ迯げ込む事に成功する。 恰度端午の節句時期だった事も有り、寺の門には菖蒲と、魚の頭の串に刺したのが飾ってあり、鬼婆は門に這入れず、すごすごと帰って行く。そして二度と里へは降りて来なかった。 (此の話をもっと詳しく)
(まとめ) 走る小僧にスグに追い付かない事から、平地を走る速度はイマイチだが、泳ぐ速度は凄まじく、砂山を登った脚力も尋常ではない。また、心肺機能(構造が人間のそれと同じならだが)もアスリートの様に恐ろしく高い。が、火には弱い(と云っても、火に飛び込むんだから、ちょっと位の火なら大丈夫という成算が有っての事だとしたら、ターミネーターばりか)。 亦、昼間は普通の婆あであったものが、夜中には口が耳迄裂けている事から、頬の構造が普通の人間と異なる。 ※話のヴァージョンに依っては、小僧を呼び寄せる爲に小鳥を使役して子供を誘導する妖術をも心得る。
A、「牛方と山姥」に出て来る鬼婆(山姥) 漁師が大漁を喜んで、魚を魚籠に一杯に詰めて、牛を牽き乍ら帰る途次、いきなり後ろから鬼婆が「魚一本寄越せ。さもねえどベコ(牛)も喰ってすまうぞ!」と叫び乍ら髪を振り乱して追い駆けて来た。(怖えぇ〜!) 漁師は魚籠の中から魚(海魚。体長30cm、幅8cmと仮定)を一尾、また一尾と後方へ抛り投げる(全部で十尾前後と仮定)のを、鬼婆は次々と骨ごと喰ってしまう。 全部投げてしまうと、「ベコを寄越せ。さもねえどお前ぇも喰ってすまうぞ!」と言うので、ベコ(700kgと仮定)も手放す。 牛もすっかり喰ってすまうど、案の定漁師をも喰おうと追って来た。 川が在ったので、漁師はそれを泳ぎきり、後方から来る鬼婆に向かって、 「流れの速えぇ河だから、懐ィ石ころ詰めて渡らねば流されてすまうぞ!」 と声を掛けて迯げる。 お人よしも甚だしく鬼婆は正直に其の通りにして河を渡ったが、当然重みで難渋し、時間のロスを生じ、漁師を見失ってすまっだど。 漁師は一軒の家を見付け、誰も居ないのをいい事に其処へ転がり込んで(不法侵入)身を隠したが、何と其処は鬼婆の家で、鬼婆が帰って来てしまった。 漁師は屋根裏に隠れて鬼婆の様子を窺って居たが、鬼婆は疲れて木の箱に這入って(何で!?)寝てすまっだけど(寝てしまったとさ)。 漁師は鬼婆の眠りが深くなるのを俟って下に降りて来ると、木の箱に穴を開け、中に熱湯を注ぎ込んで殺してしまう。 明朝、漁師が木の蓋を開けてみると、中には古くなった下駄の片方が入っているばかりであった。だから、物は大切にしなさいという御話。 熱湯を注いで下駄の気を抜けるんだったら、捨てる時に予め熱湯を掛けておいたら斯様な事にはならなかったろう。 (まとめ) ・鬼婆の正体は下駄だったが、下駄程度の質量のものが、デカイ魚を何尾も、更に牛一頭を食って、更に人も食える余力を残す。(物語では更に鍋一杯の甘酒と、餅も食ってから寝ようとした) 喰った物が全て下駄の中に納まっているとしたら、下駄の重量は700kgを越す。其の密度は如何程か。 亦、牛を一頭解体するのは、普通の人間ならエライ作業だろう。それを主人公が遠くへ去る前に綺麗に喰ってしまうのだから、其の腕力は想像を絶する。顎の力などワニより凄まじいに違い無い。 ・古くなったから捨てただけなのに、人の収穫は奪う、家畜は殺す、食人も犯すという、過剰防衛著しい暴挙に出る。
B、「喰わず女房」に出て来る鬼婆 「一晩泊めておごやい」 と、男の家を訪うた謎の女。次の日になると、 「私はママ(飯)が嫌いだからカ(喰わ)ねたっていい。だから嫁にしてけろ。」 というので、吝嗇な男は、是は究竟とばかり、謎の女を嫁に貰った。 飯は喰わない筈だが、併し米櫃の米の減る速度が異常に速い。おかしいなと思って或る日、仕事に行く振りをしてUターンして自宅に戻り、屋根裏に隠れて嫁の行動を監視。 男が監視して居る事に全く気付かない女房は、エライ量の米を炊いて、そいつを赤ん坊の頭位のでかさの握り飯にしたかと思うと、おもむろに髪を解き始め、頭頂部に有る巨大な口(摂餌器官?)に握り飯を押し込み始めた。 男は屋根裏から地上に降り、たった今仕事から戻って来た風を装って、 「今日は早目に仕事を終わらせて帰って来た。おらもう嫁は要らねぐなったから、山さ帰れ、は。」 と離婚を告知。嫁は「こんなに働いたんだから、空になった味噌樽を一個けろ!」と味噌樽を背負ったかと思うと、其の中に男を押し込み、忽ち鬼婆の正体を現じて一目散に山へ向かって駆け出した。 味噌樽の蓋は開いた儘だ。男は其処から進行方向へ目を遣ると、前方に木の枝が見えた。木の枝の下を通過すると同時に、男は木の枝に掴まって樽の中から脱出。鬼婆とは反対方向へ迯げ出した。 樽の重量の変化に気付いた鬼婆は早速男を追い駆ける。 あわや追い付かれそうになった時、男は付近のブッシュへ身を投じた。其処は菖蒲とよもぎの多く群生する地点だった為、鬼婆は其の匂いに辟易して帰って行った。 (まとめ) ・頭頂部に摂餌器官の有る事から、解剖学的に人間とは異なる。 ・先の話にも有った様に、菖蒲などの魔除けの意味の有るアイテムを嫌う。そして、一度其の中に迯げ込んだ獲物は、いとも簡単に諦め、然も二度と手を出そうとしない。 ・大の男と大きな樽の重量を背負って山道を駆け上がる体力は、もはや只の婆ぁではない。 ・物語冒頭で男は「俺はママ(飯)喰わんにぇ嫁ごが欲しい」と言う。鬼婆はだから「飯を食わない女」という触れ込みで嫁になる。が、第一に物語の進行上、男が吝嗇である必要は無く、第二に鬼婆だってわざわざそんな家に「飯は嫌いだ」なぞと偽って潜り込む必要は無い。
C、安達ケ原の鬼婆 奈良時代、京都の公卿の娘に付いていた乳母に「岩手」という者が居た。 公卿の娘は難病を患って居り、醫師(旅の坊さんだったか)の話では「妊婦の肝を飲ませると良い」と云う。 乳母たる岩手は主命とて、妊婦を探し出して肝を奪う旅にと出た。(山田風太郎の忍法物か!)
旅に出た岩手は、何だかんだで奥州岩代は二本松の安達ケ原迄足を伸ばしていた。よくもそんなトコ迄来たもんだが、途中に幾らでも妊婦など居ように、其処迄到達する迄に何の収穫も無かったというのも、或いはサボっていたんではないかとも思えたりする。然も其の時岩手は既に婆さんに成っているのだ!何をしてたんだ一体? (一応理由としては「妊婦などそう居るものではないから」だそうだが) で、岩手は諦めたのかヤル気が無くなったのか、そんな原っぱに草庵を結ぶ。(基本的に岩屋に棲んだと云う事に成っているが、「安達ケ原ふるさと村」の再現劇では木造住宅に成っている。)そして其処で獲物を俟つのだが、そんな野中の一軒家に獲物がそう来るか!? と思ったら来た。自暴自棄に陥ってそういう無茶苦茶な俟ち方をすると、却って向こうから獲物が寄って来る事もあると云う事か。
獲物は夫婦でやって来て、一夜の宿を所望する。 旦那の方が所用で外に出て行った隙を狙って、岩手はおかみさんの方を刺殺する。 が、死体の特徴やら所持品やらから、其の女は昔生き別れた岩手の娘であった事に気付いてしまう。 余りの事に岩手は発狂して鬼婆と化した。
時は流れて、紀州熊野の僧、東光坊が安達ケ原山中で一夜の宿を求めると、一人住居の老婆が東北弁で快く應じた。老婆は言う。 「これから薪を拾って来ましょうが、其の部屋だけは覗いて呉れるな。」 と。 東光坊は諒解したものの、どうも矢張り気になってしょうがない。で、結局覗いてしまった。此の辺り、煩悩解脱の修行が成っていなかったといった処か。 覗いてみたら、中には無数の人の「喰いかけ」が。 「何と、是は兼ねて聞く鬼婆の住居に相違無し。」 慌てて其の家から飛び出すと、可及的速やかに其の家から遠ざかる行動に移る。 が、それに気付いた鬼婆は、何と飛行し乍ら追って来た。 東光坊はおもむろに背負っていた笈を下ろし、あたかも地対空ミサイルを準備する様に如意輪観音像を取り出して読経を開始するや、観音像は赤外線追尾システムを持つかの如く舞い上がり、上空で閃光を発して鬼婆を撃墜する。 (まとめ) ・普通の人間が発狂して鬼婆と化す辺り、理性のタガが外れてデーモンに合体されたとも考えられる。 ・京都在住だった婆あが「安達ケ原ふるさと村」の再現劇に拠れば東北弁と化す。 ・空を飛ぶ。 ・魔除けアイテムには矢張り弱い。
<結論・若し闘わば> 夜中に目を覚まして隣室に鬼婆を見た時、手持ちの軽装備で立ち向かうのは危険だ。其の体力からして、プレデターと闘う様なものか。 まして700kgの牛は数分(推定)で喰うわ、妖術は使うわ、空を飛ぶわと来た日には、プレデター以上と言っても過言ではあるまい。 「スーパーマンvs鬼婆」という映画をハリウッドが作ったらいい勝負か。 否、妖術を使われたらスーパーマンでも恠しいので、「マイティ・ソーvs鬼婆」が理想的だが、マイティ・ソーは一般に馴染みが薄いので、茲は矢張りスーパーマンに中国の道観(道教寺院)で修行して貰って道士となって貰い、「霊幻スーパーマンvs鬼婆」が妥当か。
扨、並の人間では敵わないであろう事は察しがついたが、では鬼婆同士が戦ったらどうなるだろう。 茲で鬼婆同士の能力差が問題となろう。何故なら、或る鬼婆は普通の人間が発狂して鬼婆となり、或る鬼婆は下駄が得道して鬼婆と化した。 亦、或る鬼婆は人間を喰うのに先ず包丁で捌き、或る鬼婆は素手で牛を一頭まるごと数分で食い尽くす。 更に、或る鬼婆は頭頂部に摂餌器官を持ち、或る鬼婆は口の幅を自在に伸縮させ、髪の毛を随意に動かす事が出来る。 其の上、妖術を使う者があるかと思えば、只々剛直パワー型の者がある。是等の鬼婆は恰も別の種の生物と言ってもいい。
それで云えば、「三枚の御札」に登場する鬼婆が最強だろうか。 体力的には問題無い上、小鳥を使役する程度だが妖術も使う。 併し、漁師を追い駆けた鬼婆とのパワー較べとなった場合、果たして勝るだろうか。三枚鬼婆の方は人間を喰うにも包丁を用いるが、漁師鬼婆の方は牛を素手で殺して喰うのだ。だが漁師鬼婆の方は、懐に石を入れていたとは云え、泳ぐスピードは遅い様だし、漁師に即座に迫らんとしなかった点も、スピードに欠ける可能性を匂わせる。 共食いとなった場合、三枚鬼婆はフットワークを利用して戦うべきだろう。 ヒット&ウェイの攻撃で相手の体力を奪うか、あわよくば背後から一撃必殺の有功打を与えたい。妖術に由る目晦ましも有功だ。
では安達ケ原鬼婆の「飛行能力」で、他の鬼婆に勝ち目は有るか。 鳥類と同様の機敏な動きが出来たとしたら、安達鬼婆の攻撃も侮り難いだろう。 例えばカラスと人間では人間の方が力は強いだろうが、上空から飛来するカラスを想像すると、是は却々に脅威だ。カラスならまだしも、鷹や鷲に攻撃されたら是は恐ろしい。 安達鬼婆も、嘴や鈎爪に相当する様な武器を持って急降下と急上昇を繰り返す攻撃をしたなら、上手い具合に敵の急所を切り裂く事が可能かも知れない。 亦、上空から投石をされたとしたら、是も脅威と成る。 高所から落下すると、石と云うのはかなりな破壊力を発揮するものらしい。体力自慢の鬼婆の事だ。数百個の拳大の石を持った儘上昇し、上空から引っ切り無しに空爆したら、非常に有効な攻撃となるものと思われる。
ところで、夜中に目を覚まして隣室に鬼婆を見た時、手持ちの軽装備で立ち向かうのは危険だろうとは察しがついたが、糞婆あ如きに有効な対処法が「迯げるだけ」というのも口惜しいという事も有る。其処で、何か憂さ晴らしは出来ないものかと考えた。 「恐ろしい形相の鬼女とも言うべき存在と鉢合わせした時に、充分対抗出来る対象」 と言えば、そうそう、 「夜中に神社の敷地内で藁人形に五寸釘を打ち付ける、白装束で頭に点灯させた蝋燭を立てた五徳をかぶった女」 が居るじゃないか。
肝試し半分で、暇な男二人が神社の敷地内の林の中を夜中歩いていると、進行方向の延長線上から何やら金属音が響いて来る。 「おんや?こんげな夜中に何だべ」 と、忍足で歩を進めると、何やら明かりが。見ると、火の点いたロウソクを五徳に挿したものを頭にかぶった白装束の女が、髪振り乱して一心に藁人形に釘を打っている。 遉がに一瞬「ギョッ」とした二人が、「おわっ」と声を上げると、女がコチラをバッと振り向いて、 「見たなあぁ〜!」 と云うや、金槌と五寸釘を振り上げて走って来る。
こうした場合、大抵はパニックに陥って、こちらも逃げ出してしまうものだ。が、併し俟て。相手は只の若い姉ちゃんだ。何も逃げる事等無いではないか。トンカチとクギなんて、接触しさえしなければ恐るるに足らない。立ち止まって、おもむろにキックボクシング式のガードスタイルを取ろう。
茲で一つ、情け無い話だがエピソードが有る。 或るお化け屋敷に入った時、いきなり後ろから宇宙人のマスクをかぶった仕掛け人が追っ駆けて来た事が有る。 矢張り一瞬「ギョッ」とした私は迯げ出した。が、人間と言うものは変なもので、「逃げても解決に成らない」「追っ駆けられる謂われは無い」と思ってしまい、立ち止まって身構えてしまった。 害意の無い事が明らかな相手に身構えるとはホトホト情け無い話だが、茲で言いたいのは、「身構えられた方は一瞬怖気付く」という事である。 私も歯を食いしばって今にも殴り掛らん態だったのもあるが、お化け役の人は、立ち止まって後退せんばかりとなってしまったのだ。(後で謝ったが・・)
だから、呪詛姉ちゃんに追っ駆けられた時も、其のガードスタイルは獣の様な呻きを発し乍ら、力を籠めた前傾姿勢で臨もう。 呪詛姉ちゃんも一瞬ひるむかも知れない。
まあ姉ちゃんが怯む怯まないはどうでもいいが、相手は武器を持っているし、襲って来たのは先方だ。正当防衛だからこちらも攻撃するのに遠慮は要らない。存分に殴打してやろう。 併し過剰防衛の誹りを受けるかも知れないから、一応、 「やめて下さい!やめて下さい!」 を連発し乍ら、拳でなく、掌底で、相手の鼻やジョー(あご横)を叩くのが理想的か。 叩き方は「骨法」の打ち方が参考に成る。 それにドサクサであるから、一発二発、腹を蹴るくらいはいいのではないか? ムエタイの様に、腰を前に突き出して、押し込む様に蹴るのがよい。 |